月別アーカイブ: 2016年4月

春には意外に雨の日が多い

日本には菜種梅雨という言葉があるそうです。要するに、菜の花が咲く春の季節には梅雨時のような空模様の日が多くなるというような意味でしょう。
もちろん、本物の梅雨時に比べればスケールの小さな梅雨であることは間違いありません。ただ、私は確かに春には雨の日が多いと実感しています。

おそらく私以外の多くの人たちも、そう感じているのではないかと思います。だからこそ、菜種梅雨などという風流な呼び名が誕生したのでしょう。
とにかく、この菜種梅雨という言葉には、日本ならではの繊細な情緒を感じます。このような素敵な呼び方をする日本人は、本当に豊かな感性を持った民族だと思います。

世界には数多くの国家や民族がありますが、日本人ほど日頃の言葉遣いが繊細で芸術的な民族は少ないのではないでしょうか。
今、菜種梅雨の季節を迎えているこの頃、しとしとと降る雨を眺めていると、そんなことを感じました。日本人として日本に生まれたことを、私は誇りに思います。

子供への誕生日プレゼント

いつから子供たちは、誕生日プレゼントにオモチャ以外のモノを欲しがるのだろうと疑問に思います。
もちろん、人それぞれでしょうが、我が家はしばらくの間オモチャ限定な予感がします。

女の子だったらお洋服やアクセサリーなども早いうちから人気かもしれないですが男の子はやっぱりオモチャが人気があるなんですよね。
我が家はもちろん、これまで誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも希望を聞くといっつもオモチャをリクエストされているためどんどん増えていきます。

大人にはよく分からないオモチャでも子供たちにはすごく魅力的なんでしょうね。
私は、自分の小さな頃を思い出すと、女の子らしくおかし作りのキットや電子手帳などを貰ってたと思います。
もう高校生にもなると、お金をくれました。

お金をくれるとなるとそれはそれで寂しい気もするけれど、もう高校生くらいになると欲しいものは自分で選んで買う歳頃になるんでしょう。
下手に選んで、使って貰えないのはもっと残念ですからね。
子供たちがオモチャを欲しがってるうちはまだまだ可愛い時期だと思って思い出になるよう、親子で一緒に買いに行こうと思います。

都心で保育園の設立の断念

ニュースで、保育園を作る予定の地域の方からの反対で保育園設立を断念したと報じていました。
我が家にもまだ小さな子がいるので他人事とは思えませんでした。
その反対意見はほとんどが、子供たちが通うようになることで生じる騒音が問題のようです。
確かに子供たちって騒ぎます。

でも静かにする時は静かにするように教えていく必要があるけれど、普段からずっと静かにしてる子供たちなんて気持ち悪いです。
子供たちの声が騒がしいからって保育園を作らせないなんてしていたら、子供はどうなるのでしょうか。

もちろん私もどこかの家の子供たちが、マンションの廊下で大騒ぎしているとイライラさせられます。
でもそれは、子供たちというより騒ぐべきでない場所で子供たちをずっと放置しながら井戸端会議をしている母親達に対してムカつくのです。
子供たちの声の大きさというのはある意味仕方ない事です。

自分も子供だったのだから、少しぐらい譲歩する気持ちを持って欲しいと感じてしまいます。
こうなったのは騒いではならない場所で大騒ぎさせて平気な親達のせいだろう、とも思いますがね。
公園で元気にはしゃぐ声に文句言う人は少ないです。
人の迷惑考えないで遊ばせる親がいるから反対する人も多いのだと思います。

年末のある日のある家族の出来事

年末に起きた出来事の話を書こうと思います。

その日は、午後から、年末年始のためのおかずや、しめ飾りなどを購入して、
たくさんお金を使った日でした。

年末は、スーパーやショッピングセンターなんかは、書き入れ時なので、
人も多く、ごった返してました。

なんとか、自分の必要なものを購入し、帰路につこうとしたとき、
ふと、アイスクリームが食べたくなりました。

コンビニで買って、車の中で食べようと思っていました。
そして、近場のコンビニに到着しました。

店内は、年末年始の買い物客なのか、この店も、人でごった返してました。

私は、自分の目的である、アイス売り場で、どのアイスにしようか迷っていると、
ふと、一組の家族が店内に入ってきました。

どうやら、母親と、その子供のようです。
母親は、見た感じ、機嫌が悪そうでした。
それもそのはず、子供が、「これ買って」「これ買って」のオンパレードで、
母親は嫌気が差していたのでしょう。

でも最後に、その子供は、お年玉袋を手に取り、
「これ買って」というと、母親は、それはしかたないなあと思ったのか、
本当に、仕方ないと言う感じで、買っていきました。

あの子供、強いなあと思いました。

ということがありまして、思い出した次第です。

私が小学生時代の駄菓子屋での出来事

もうかれこれ、30年くらい前の話です。

私の住む町は、田舎です。
町内に、2軒ほど、駄菓子屋さんがありました。

私が小学生時代は、お小遣いをもらっていなかったので、
欲しいものがあると、お年玉を崩して、買っていました。

買うと言っても、1000円以上のものを買うことは稀で、
駄菓子屋に行っては、10円や30円のものを、買って食べるという習慣でした。

ある時、私が駄菓子屋さんで、品定めをしているとき、
一組の兄弟がやってきました。

私とは学年も違うので、話すことはなかったのですが、
兄弟で、うれしそうに、駄菓子を選んでいました。

どうやら、その兄弟の親から200円をもらったようで、200円分のお菓子を買おうとしていました。
微笑ましい姿に、私は心が温かくなりましたが、
その兄弟の会計の時に、計算したら、どうやら10円オーバーしているようでした。

2人とも、どうしよう、どうしようと、あたふたしていましたが、
兄が、おもむろに、自分の欲しかったお菓子を、棚にしまい、
ちょうど200円になると、ほっとした様子をしていました。

弟思いの兄だなあと、感心しました。
よき思い出です。

風呂焚きはかつて懐かしい社会勉強

我が家でとっている地元新聞の日曜日には、最近有名になった「木皿食堂」というユニットで売り出しているご夫婦のエッセイが載せれます。

それがいつものをいつも楽しみになつて読んでいます。

ある回で「火が我々の周りから消えつつある」という内容の文章を読み、子供の頃を思い出しました。

まだ古い家だった我が家の風呂は、私が子供の頃は本当の五右衛門風呂で、風呂焚きが私の仕事でした。

家中のごみを集めてきて火をつけ、薪(まだ薪を売っている店が近くにありました)に火を移し、おがくずを固めたような燃料(それも同じ店で買っていました)を燃やして、風呂を沸かしていました。
「風呂焚きの仕事」が、子供の「お手伝い」の一つとなっていました。

今からは缶が煮にくい事ですが「ごみが少ないと今日は風呂は休み。どうしても入りたかったら近くの銭湯に行く」というのが、我が家の常識でした。子供の頃は「風呂は毎日入るもの」ではなかったのです。
しかし「風呂焚き」ができるという事は公然と「火遊び」ができるようで、私にとって楽しかったことを今でも覚えています。

家の中で出てきたごみを燃やすことで、「火の色も、燃やす物によってかわる」とか、「燃えないと思うようなものでもあっという間に燃えてしまう」というようなことを子供心に覚えました。

そんな仕事を通して「何もかも燃やす火」というものの怖さもどこかで感じていたと思います。

様々な形のあったものが、あっという間に灰になっていく様子を見ながら「もし自分の家に火が付いたら」という事を想像したこともありました。

祖母から聞いた「火事ほど怖いものはない。下駄の片方まで燃やしてしまう」という事を、風呂焚きの窯の口を見ながら、「その通りだ」と真剣に考えたこともありました。

そうやって家の仕事に携わる事を通して、何かしらの社会勉強をしてきたのだと、今になって分ってきた気がしています。

四国への移住を考えています。

僕は、会社を定年で退職したら四国へ移住しようと思ってます。

四国といっても、4つの県があるけど、ずばり香川県。

なんで香川、というか、その前になんで四国なのか?

話のきっかけは、ほぼ40年前に戻ります。
僕が中学の時に見ていたドラマの影響なんです。
僕が小学校高学年のとき、テレビでやってた青春ドラマで、
森田健作さんが、主人公の「俺は男だ」っていうのがありました。

で、そのあと、一つ違うやつを挟んで

「怒れ男だ」っていうドラマがあったんです。

もーね、タイトルからして時代を感じてしまうんだけど、

その番組で、高知県でのロケがありました。

その景色を見て

「あー、四国いいな~」と、なぜか自分でも、
びっくりするくらい、印象に残って、それ以来
僕の心の中には、ずーっと四国が住み着いてます。
きっかけは、高知県だったんだけど、その後香川県に鞍替え(笑

なぜか?
理由その1 うどんが大好きだから(はっきり言ってベタな理由です)

理由その2 これ、高知の人が見たら怒りそうだけど、ぼく、坂本龍馬があんまり好きじゃない。

なので、いまは、完全に香川県にロックオン状態です。
香川いったら、毎日うどんをくいまくるどぉ~